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  • いちばん不安だったときに話してよかったひとのこと。
  • いちばん気持ちが不安定だったのは、確定診断が出るまでのときだと思ってた。
    思い返してみるとそうではなく、自分の病期がどれくらいなのか、もしかしたら転移をしてるんじゃないか、とか考えていた治療方針が決まるまでのこの時期がいちばん不安だった。
    仕事が続けられるのかどうか、治療費はどのくらいかかるのか、母にはなんて言おうか、誰にどこまで話すのか…。
    問題は山積み。

    MRIが終わって数日後、残業中に電話再診を約束していた先生から電話がかかってきた。
    「MRIの結果、広がりが大きいことがわかりました。左(健側)もあやしい箇所があります。これはエコーで見ていきましょう。前回の細胞診の結果、リンパ節は転移でした。」
    電話で悪い結果を聞くのは結構きつかったなー。
    どんどん悪いことが押し寄せてくる恐怖。
    リンパ節は覚悟してたものの、左もかよー、そいでそんなに広がってるのかよー、まじかーって感じ。
    そのあと、なにくわぬ顔で仕事に戻った。
    逆に仕事をしててよかったかもしれない。気持ちはまぎれた。

    このころ、病院についてきてもらった友人のほかに、もうひとり、少し年上の女性の友人Mさんに話を聞いてもらってた。
    彼女はそんなに深刻な顔をするでもなく、話を聞いてくれ、これからどうしたらいいかを冗談を交えながらいっしょに考えてくれた。
    すごくありがたかったし、彼女のことは今でもたよりにしている。

    そして、ふと話を聞いてもらいたいと思ったのが少し年下の男性の友人のTさん。
    友人といっても、DJイベントで何回か会ったり、あとはTwitter上でやりとりをしたりしていたぐらいで、すごく親しいわけではなかった。
    彼は何年か前に大腸がんになったことを公表していたので、
    「ちょっとやっかいな病気になっちゃいまして。話を聞いてもらえますか?」
    とメールしたら、ふたつ返事で了解してくれた。

    翌日の夜、代々木公園を散歩しながら話を聞いてもらった。
    これまで話した友人ももちろん親身になって聞いてくれたし、とてもありがたかったんだけど、どこか話をする自分もうまく話せないというか、今までになかった壁のようなもの(これはわたし自身がつくった壁だったんだけど)を感じていた。
    わたしは病気で、ほかの人は違うんだ…というさびしさみたいなものだったかもしれない。
    今は、そんなこと思わないけど。

    Tさんには不思議と素直な気持ちを話せたような気がする。
    半分くらいは冗談を交えて、笑って話してた。
    「抗がん剤で禿げたらコスプレして写真撮ろうと思うんだけど瀬戸内寂聴がパンクロッカーしか思いつかないんだよね」
    「高校球児でもいいんじゃない」
    とか、そんな冗談も言えてた。
    同じ病気を持つ人と話すことが、こんなに気持ちが軽くなるなんて思わなかった。
    そのときのわたしにとって、まさに目からウロコだった。

    快く話を聞いてくれたTさんには今でも感謝している。
    あのとき話を聞いてくれたことが、その後のとても大事な出会いにつながった。


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