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  • 眠いのはフェマーラの副作用?
  • このところ毎日眠い。

    子どものころから、どちらかというと宵っ張りで夜更かしは得意だった。
    学生のころは試験勉強は一夜漬けで深夜までやっていたし、深夜ラジオは毎日聴いてたし、おとなになっても徹夜で仕事も朝まで飲むのも全然平気だった。

    布団に入ってすぐに寝られることなんてめったになくて、たいていラジオを聴いたり、本を読んだりしていた。
    今は、すぐに眠くなるので本が読めない。

    さっきはお風呂の浴槽に腰掛けて、雑誌を読んでたら居眠りしてしまってあぶなかった。
    このあいだなんか、最前列でお芝居を見てたら眠くて眠くて、我慢してたから白目になってたはず。

    今も、先日の愛子さんの講演の続きを書こうと思ったけど、眠くて眠くてまったくまとまりそうにない。

    抗がん剤中もそうだったけど、入眠はするけど深夜や早朝に何度も目が覚める。
    当時は、目が覚めると眠れなかったので、おもいきって起きて散歩したりしてたけど、最近は二度寝してしまう。
    そのせいか、早く寝ても熟睡感がないんだよねえ。
    ほんとは二度寝しないで、おもいきって起きた方がすっきりするらしいので、明日は早く目が覚めたらそのまま起きてみるかなあ。
    目が覚めたとき、五十肩が痛くて不快。
    肩と腕がかたまってる感じがするんだけど寝てるあいだに力が入ってるんだろか。

    この眠さや深夜に目が覚めるのは更年期症状なんですかねえ。
    せめて短編を1本くらい寝る前に読ませて欲しいな。

    だめだ。眠い。寝ます。

    また明日。


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  • 2014/05/21 マンマチアー(Mamma Cheer)委員会 第48回チアー活動(1)
  • ●乳がん•卵巣がん患者支援 NPO法人 SHARE(シェア)
    日本語サポート部門代表 NY在住、ブロディー愛子さん講演
    詳細(マンマチアーのサイト)

    SHAREは1976年、乳がん専門医の声がけから始まったアメリカではじめてのサポート団体。日本語サポート部門代表のブロディー愛子さんの「アメリカの乳がん患者会の活動の現状 ~患者から見た乳がん治療の現状も含めて」というテーマの講演。

    患者会のあり方としては、日本とアメリカに大きな違いはないと感じたけど、大きく違う点がふたつあった。

    ひとつは、アメリカは寄付が浸透しているので、患者会に対しての寄付が大きいということ。
    年間2億円ほど集まるとか。
    オフィスはパラマウントスタジオにあり(オーナーからの寄付)、そこで働くのは乳がん、卵巣がんの患者だという。
    優秀な人材が適正な報酬をもらって勤務しているそうだ。

    ふたつめは、患者サポートの内容が多彩だと思ったこと。
    ミーティングは
    ●治療中の患者●治療を終えた人●DCIS(非浸潤)患者●若年生患者(アメリカでは45歳までが若年生)●再発患者●家族•友人●卵巣がん患者●アフリカンアメリカンの患者(ハーレムの病院や教会で)●スパニッシュの患者(教会で)●乳房再建●ホルモン治療●レズビアン
    などに分けて行われる。
    お国柄というのもあるかもしれないけど、これだけ多彩だと、これまで患者会やミーティングに参加するのを躊躇していた人も参加しやすいのではないかと思う。
    日本でもセミナーの分科会では特化したテーマで話合いができるけど、ときどき「若年生に限る」とか「再発されていない方」とか「○○以外の人」というセミナーが目につく。

    たとえばDCISの人に対して「非浸潤なら手術して終わりでいいんじゃない?」っていう言葉を聞いたこともあるし、そういうことを言われて傷ついたっていう人も知ってる。
    それでセミナーやサポートプログラムに参加しにくいっていう人もいる。
    そういうもんじゃない気がするんだよね。
    非浸潤であろうが、初期であろうが、不安な気持ちっていつまでもつきまとうんだと思う。
    (つきまとわない人もいると思うけど、それはそれでいい)
    日本もDCISの人だけが集まって話ができるミーティングがあるといいのにね。
    あ、自分が企画すればいいのか。

    病期やサブタイプ、生活環境、年齢、人種……悩みや心配ごとは人それぞれだもんなあと改めて思う。
    がんという病気は、どこのポイントにいたとしても、(気持ちのうえでは)誰かよりはよくて誰かよりは悪いっていうのはないような気がする。わたしは、そう思う。
    だから、今までわたしが出会ってきた同病の人のほとんどは、それぞれ違うポイントにいても、忌憚なく付き合えるんだよな。


    閑話休題。講演の話に戻ろう。
    そのほかSHAREの活動として
    ●学校などに赴き、経験を語る(がんという病気を社会に浸透させる目的)
    ●患者と医師のコミュニケーションをよくするために、医学生を中心にロールプレイを行う(医師が患者に対してセンシティブになれるよう)
    ●寄付を集めるためのイベント(富裕層が参加するイベント。日本でもあるね。)
    ●ヘルプライン。9時から21時までのピアサポーターによる電話相談。
    ●最新ニュース、栄養学、東洋医学、代理母、卵子凍結、終活、性生活、運動、肥満対策、ヨガ、労働者のための弁護士によるセミナー
    などがある。

    これらはすべて無料で行われる。
    日本でもいろいろなセミナーがあるけど、まだまだ情報が行き渡ってないと思う。
    東京ではいろいろな貴重なセミナーが数多く開催されていても知らない人が多い。

    ヘルプラインの話でちょっと驚いたのが、アメリカでも地域格差が如実だということ。
    ミシガン州などの田舎などからの電話相談の内容は、ニューヨークなど都市部の相談とはまったく違った内容だそうだ。
    「医師を奉る」みたいな感じが、今でも地方では残っているらしい。
    田舎では病院も少ないし、医師も少ないっていうのは日本と同じかー。
    まあアメリカは広いし、日本よりも深刻なのかも。

    病院で行われるミーティングは医療者がファシリテータであることが多いけど、SHAREのファシリテーターはすべて経験者だというところが特徴。
    愛子さんもボランティアでファシリテーターをされている。
    ちょっとおもしろかったのが、SHAREのミーティングでは参加していても話したくない人はなにも話さなくてもいいというところ。
    そういえば、こういうミーティングって何か一生懸命話さなくてはいけないような気がしちゃうけど、話したくないときは無理に話さないで、ほかの人の話を聞いてたっていいよね。

    長くなりそうなので、2回にわけます。
    また明日。

    とても有意義なお話だったんだけど、うまく伝えられてるかちょっと心配。




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  • 動き出すと何かはじまる(楽しいことを引き寄せよう)。
  • 3月に40度近い熱を出して3日間寝込んでから、ちょっと怖くなって無理をしないようしないよう過ごしてきた。
    でも、性格上やっぱりなにかしていないと腐るというか、仕事のこととか仕事のこととか仕事のこととか、そういうつまらないことにばかり気持ちがいって、なんだかよくない。

    化学療法中のことを振り返ると、職場のありえないむかつくできごとも、不思議とスルーできてたなあ。
    というより、仕事ができることがとてもありがたいと殊勝な気持ちになってたし、そんなことより自分のからだのことに気持ちがいっていたから、ちょっとおかしい上司のこともどうでもよかったんだよね。
    それより、自分の仕事をいつもと変わらずこなすことしか考えてなかった。

    最近は喉元過ぎればなんとやらで、「仕事ができることはすばらしい」みたいな気持ちが薄れてきてるんだと思った。
    そこはちょっと反省して、気持ちをうまく切り替えて、外に気持ちを向けなくちゃっていう気になってきた。

    フットワーク軽く出かけたい欲求と勉強したい気持ちがわいてきて、とにかくいちばん早く参加できるセミナーをネットで検索。
    2日後に開催される予定のセミナーがあったのでさっそく昨日参加してきた。

    「マンマチアー(Mamma Cheer)委員会 第48回チアー活動」
    ●乳がん•卵巣がん患者支援 NPO法人 SHARE(シェア)
    日本語サポート部門代表 NY在住、ブロディー愛子さん講演
    ●NPO法人 E-BeC 代表・真水美佳さん 
    「保険適用後の乳房再建の現状」
    ●KSHS 乳がん、キチンと手術ホンネで再建 代表・溝口綾子さん
    「再建患者さんの生の声、何を望み、何を躊躇しているのか?」

    結果、とても有意義なお話を聴くことができて、自分がなにをやりたいかを思い出させてもらえた。

    そして、思わぬ再会から新しい方向に道がひらけてきた。
    わたしが何年も前から、ずーっとやってみたいと思ってたことが、全然違う方向からやってきた。
    なんだろう、この展開。
    やっぱり、動いて人と会うって大事。
    なんとなく、このところしょぼくれていたのが一気に晴れた。
    やってきた波には乗らないと。

    セミナーのレポートは明日!

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  • 三度目のバリカン(化学療法終了11か月めの頭髪)。

  • 化学療法が終了して約11か月。
    前髪以外,まあまあ髪の毛は伸びているけど,細いし全体に薄い。
    もともと髪量が多く,美容院で毎回かなりの量をすいてもらっていたので,髪量が少ないとなんかさびしい。
    なにより,生えてきた髪の毛はぐるんぐるんで,あちらこちらの方向を向いているため,とてもみっともない。

    前髪が足りないのもあるけど,どう考えてもヅラをはずせる状況じゃない。
    伸びてくるのはうれしいけど,毎日爆発した頭を見るのはものすごい憂鬱。
    髪の毛があるとヅラもかぶりにくい。
    なので,少し前にバリカンを買って,前髪部分は残して全体的に短くした。
    そして,また伸びてきた髪の毛はぐるんぐるんで,毎朝鏡を見るたびに憂鬱な気分に。
    先日,再度,バリカンで刈ってみた。
    爆発アタマを見なくてすむようにはなったけど,いつになったらヅラがはずせる髪の毛が生えてくるのか…。

    まあヅラになれちゃったっていえばなれちゃったんだけど(はねたりしないから楽だし),これから暑い時期は中途半端に髪の毛があると,去年のスキンヘッドのころよりは暑いよねえ。
    もうちょっとヅラはずせないかなあ。

    じぇにこさんと同じで、髪が抜けることはイヤだったけど、そんなにつらくなかったという、ちょっとどこか欠落した人だけど、ぐるんぐるんと前髪伸びないのはやだなー。


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  • 2014/02/24 第4回 サバイバーシップを語り合う公民館カフェ。
  • 第4回 サバイバーシップを語り合う公民館カフェ
~がんになってもスポーツ楽しんでますか?~

    がん対策情報センターが主催する公民館カフェに行ってきた。
    ってもう3か月前の話を今頃。

    この日のテーマはスポーツ。
    全日本車いすバスケットチームのヘッドコーチの及川晋平さんの講演と参加者の意見交換。
    ★発表者プロフィール★ 
及川 晋平 (おいかわ しんぺい) 42歳
現日本代表男子車椅子バスケットボールヘッドコーチ
16歳のとき骨肉腫になりローテーションの手術をする。その後3度の肺転移、手術をし、5年以上の抗がん剤での闘病生活を乗り越える。
その後、渡米留学をし、アメリカで車椅子バスケをしながら、文武両道に励む。
現在東京にあるNO EXCUSEでコーチをする。
1998年シドニー世界選手権、2000年シドニーパラリンピック、2002年北九州世界選手権の日本代表選手。
また、1年に一度海外のコーチを招待して行う車椅子バスケットボールキャンプ(JCamp)のトータルコーディネーターも務める。
あらた監査法人に在籍。
    (公民館カフェのサイトより)

    16歳でがんに罹患するって、どんなに怖かっただろうかと思う。
    ご自身の病歴はさらっと話されていたけど、想像を絶する恐怖と苦しみだったと思う。
    印象的だったのは、いつもいまでも再発の恐怖はぬぐいされないということ。
    でも、それもバスケットに集中することで忘れられたという。
    こんなにすごい経歴を持ち、気持ちの強い人でも再発の恐怖は持ち続けるんだなあ。
    まあ、そうだよね、あたりまえだよね。


    わたしはスポーツを自分でやるのは好きだけど、見るのはあんまり好きではない。
    でも、この日、パラリンピックの映像を拝見し、スポーツをする姿は美しいとはじめて感じた。
    それは障害があるからとかじゃなく、ただただ美しいという素直な印象。
    数年後のパラリンピック、日本はどのように取組むのか、注目したい。

    講演のあとは、グループにわかれてディスカッション。
    公民館カフェは、がん患者だけでなく、いろんな人が参加している。
    わたしのグループは婦人科がんの方がひとり、小児科の医師の方、産業医を教育する立場のお仕事の方、健康管理の部署で仕事をされている方といろんな方がいらっしゃった。
    あまり時間がなかったので、自己紹介がメインになってあまりスポーツについて話せなかったけど、サバイバー以外の方に会えたのはよかった。

    特に産業医について、わたしはなにやら誤解していたことに気付いた。
    あるセミナーである医療者が「産業医は会社の味方でみなさんの敵です。病院の医師はみなさんの味方です。」みたいな話をしていて、鵜呑みにしていたわけじゃないけど、そんなもんかと思ってた。
    でも、それっておおざっぱな見解っていうか、そういう産業医もいるかもしれないけど、そうじゃない産業医を育てる努力をしている人もいるし、そうじゃない産業医もいるんだと思った。
    こちらの主張ばかりしても、会社には受け入れられないだろうし、正しいところで歩みよればいいわけで。
    まー、産業医のいるような大きな会社には卒業後に1度しかいたことないから、あんまり関係ないんだけど。
    しかし、敵とか言っちゃあだめだよね。

    そして、今月28日(水)に第5回の公民館カフェがあります。
    「病気のワクにとらわれず、自分を楽しんでいますか?~外見ケアがお伝えすること~」
    発表者:野澤 桂子先生
国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター長


    野澤先生にはお会いしてみたかったので楽しみ。
    武蔵小杉病院の勝俣先生も参加されるようです。

    実は、「カフェ」というだけあって、おやつが充実してるんですよ。
    ふふふ。そちらも楽しみ。

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  • 2013/4 タキソテール効果判定。
  • 4/8 MRI
    5/2 エコー

    術前化学療法の効果を見るため、MRIとエコー検査にA病院へ。
    毎回、点滴の前にクリニックでもエコーをしていて、小さくなっているというのは聞いていたので、これは不安な検査じゃなかった。

    MRIとエコーを同じ日にできないのかとも思うけど、MRIの結果を見ながらエコーをするので、別な日になってしまうとのこと。
    1日でできると楽だけど、それならしょうがないね。
    しかもエコーは混んでるらしく、MRIの約1か月後。
    確定診断すぐの検査はいっぱいにもかかわらず、先生が検査室に電話して無理矢理ねじこんでくれたけど、慌てる検査じゃないとこんなに待つんだな。

    自分で触ってみても小さくなってるのがわかったので、モチベーションあがる。
    このころ、しょっちゅう胸を触ってたな。
    もちろん、人が見てないところで。

    で、検査結果だけど、どうやって聞いたかまったく覚えてない。
    わたしとしたことが。
    もしかしたらクリニックに行ったとき、「効いてますよ」ぐらいしか聞かなかったのかも。
    今頃、どのくらい効いていたのか知りたくなってきた。

    わたしは組織診の結果、ホルモンスコアがER8、PR8と強陽性だったので抗がん剤が効かないんじゃないのーと思ってたんだけど、そういうわけでもないんだね。
    この後、なぜ効いたのか自分なりに考えたことがあるんだけど、それはまた別の機会に。

    「効く」というのが完全奏功するということなら、ほとんどは「効かない」(完全奏功する確率はそんなに高くない)ということになるけど、がん細胞を何割か消して、勢いを弱めるという意味でなら「効く」ってことじゃないのかな。
    がん細胞が減ったってことは確実に時間は巻き戻せたってことだよね。



    <今日の治療費>
    4/8 MRI 画像診断 3,272点 計9,820円
    5/2 エコー 検査料 550点 1,650円

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  • 2013/3/27−4/18 タキソテール、4クールめ。
  • ※はじめてこの項目を読まれる方はこちら「はじめに」を読んでいただけるとありがたいです。

    準備したもの。
    末梢神経障害予防のための足用のアイスノンふたつ、手用の保冷剤8つ(途中で融けたら取り替えるため)、口内炎予防のための口に含む氷、お茶のペットボトル。本。

    これまで水曜日に点滴、副作用がでやすいのが数日後だったので、木金に仕事をがんばって土日に休養、月曜日から仕事、というスケジュールでやってきたけど、半年前に予約していた婦人科の子宮筋腫のための診察が重なったため、1日早めて火曜日に。

    【白血球】
    1クールめ 7200  好中球 73.3
    2クールめ 8100  好中球 77.1(H)
    3クールめ 7700  好中球 74.3(H)
    4クールめ 7900  好中球 77.5(H)

    白血球も好中球もほとんど下がらなかった。好中球にいたってはハイスコア。
    おかげでスケジュールどおりの投与が完了。
    わたしの通うクリニックは、とくに変わりがなければ次回投与日まで診察や血液検査に行く必要がない。
    わりと放置でスパルタかも。

    ●3/26(火)1日目
    4クールめのタキソテール。
    ぼーっとする。夜鼻水。

    ●3/27(水)2日目
    少し顔が赤い。ぼーっとする。言葉が出にくい。
    【婦人科受診→筋腫の大きさに変化なし】

    ●3/28(木)3日目
    喉がつまる。足の裏の違和感。目が見えにくい。口がまずい。

    ●3/29(金)4日目
    ふわふわする。集中できない。膝が痛い。歯の奥が軽く痛い。口がまずい漢字。目が見えにくい。喉がつまるかんじ。足の裏がしびれる。

    ●3/30(土)5日目
    足の裏がしびれる、味覚がおかしい。倦怠感。集中できない。気持ちが悪い。膝が赤く痛い。眠い。ひどい倦怠感。
    【パンフレット作成のため銀座で打ち合わせ】

    ●3/31(日)6日目
    ひどい倦怠感。眠い。膝が赤く痛い。味覚がおかしい。食欲あまりなし。足の裏のしびれ。

    ●4/1(月)7日目
    味覚がおかしい。膝が赤く痛い、足の裏のしびれ。

    ●4/2(火)8日目
    足の裏のしびれ。膝が赤くて痛い。口のなかがザラザラする。少し気持ち悪い。
    【乳がん患者のための就労セミナー】

    ●4/3(水)9日目
    膝が赤くて痛い。口のなかがザラザラする。昨日より少し楽な感じ。

    ●4/4(木)10日目
    膝が赤く痛い。なんとなく胸が苦しい感じ。目が見えにくい。足の裏のしびれ。

    ●4/5(金)11日目
    膝、肘が赤く痛い。耳が痛い。足の裏のしびれ。目が見えにくい。

    ●4/6(土)12日目
    膝、肘、手首が赤くて痛い。足の裏のしびれ。目が見えにくい。
    赤くなったところがあまりにも痛いので(さわっただけで跳び上がるくらい痛かった)、クリニックに電話して相談。
    ステロイドを持っていたら塗るようにとのこと。
    ステロイドは長期にわたって使い続けるのは注意が必要だけど、短期間で使用するなら効果的とのこと。
    家にあったボアラクリームを塗布。

    ●4/7(日)13日目
    膝、肘、手首が赤くて痛い。倦怠感、37.1度の微熱。

    ●4/8(月)14日目
    膝の痛みは軽減。ステロイドが効いたっぽい。ステロイドはやめてウレパールに変更。
    軽い頭痛。夜、倦怠感。
    【MRI(タキソテールの効果判定のため)】

    ●4/9(火)15日目
    膝の痛みはなし。皮がめくれる。腕、手首は赤いまま。足の裏のしびれ。
    【乳がん患者のための就労セミナー】

    ●4/10 (水)16日目
    膝、腕、手首、赤色から茶色に。痛みはなくなる。足の裏のしびれ。
    【観劇/その生は受け入れがたし(青年団)】

    ●4/11(木)17日目
    ●4/12(金)19日目
    ●4/13(土)20日目
    ●4/14(日)21日目
    ●4/15(月)22日目
    ●4/16(火)23日目
    【乳がん患者のための就労セミナー→終了後知り合ったひとたちとお茶】
    特に記載なし

    ●4/17 (水)24日目
    倦怠感。眠い。
    【観劇/走りながら眠れ(青年団)】

    ●4/18 (木)24日目
    足の裏のしびれ。

    予定の4クール終了。
    やっぱりだんだん抜けてくるのが遅くなった感じがする。
    倦怠感、味覚異常、発赤、足の裏のしびれなどは、これまででいちばんひどくてつらかった。
    特に皮膚が赤くなって、何かに触れると跳び上がるくらい痛かったのはまいった。
    でも、ステロイドを塗ったら3日間くらいで軽減した。


    つらかったといいつつ、だんだん慣れてもきたので仕事以外にもお芝居やセミナー、打ち合わせに出かけることも増えた。
    あいかわらず意識して歩くようにしてたし、休日も早朝に目が覚めるので、散歩に行っていた。
    でも、ものすごく疲れるので、そのときは昼間でも寝ることにしていた。
    ひとり暮らしだと休みたいときに休めるのはいい。
    あと、わたしの性格上、誰かがいてくれたら愚痴を言ったり、自分でなにもしなくなったりしそうなので、結果的には今ひとり暮らしだったのはよかったのかとも思う。

    病院が開催する就労セミナーにも参加した。
    ここでも貴重な出会いがあり、先輩たちにいろんな話を聞くことができた。
    また、これから治療をはじめるという人もいたので、今度はわたしの経験を役立ててもらえることができた。
    ほんと、こういう出会いは貴重。
    チャンスがあって体調が許せば、いろんなところに出かけて、いろんな人と会うといいと思う。

    さて、次はFECが待ってる。やっぱり新しいものは不安。
    効果判定も気になるところ。

    (メモしてても1年前のこととなるといろんなことを忘れてる。早く書いて現在に追いついて現在のことを書かなければー)

    <今日の治療費>
    再診料 72点、医学管理料 225点 検査料 482点、投薬料 86点、注射料 10,842点 計35,120円
    薬剤薬 308点 920円

    3/27 婦人科
    再診料 70点、検査料 858点 計2,780円


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  • インターネットの宇宙に漂う星のように(あなたがここにいなくなっても)。
  •  思えばおととしの12月,確定診断を受けてから1年5か月がたっていた。
    「これまでの生活とかわりなく」ということを頭において,病気であることをあまり意識せず能天気に暮らしていたので,もうそんなにたっていたのかと驚く。
    これまでのあいだ,ずいぶんいろんな人のブログを読ませていただいた。
    化学療法の副作用,手術のこと,治療に関する知識や心構え…ずいぶんいろんなことを勉強させてもらった。
    病院で聞く説明は一般的なことなので,やっぱり経験した人の話の方が参考になった。
    とくに,治療に対する心構えは,いろんな人の考えを読むことで自分のなかでかたまっていったような気がする。
    そのなかでも,自分と生活環境や考えが似ている人のブログは毎日チェックするようになった。
    冷静でユーモアがあって生活を楽しんでいて,ときには弱音を吐いたり怒ったりする。
    そういう人を見習いたいなあといつも思いながらブログを読んでいる。

    わたしはネット人見知りなので,あまりコメントを残したりしないんだけど,毎日その人のブログを読んでいると,なんだかよく知っている人のような気がして,治療が奏功したらうれしくなったり,誰かの心ないことばに腹が立ったり,悪い結果が出たらショックを受けたり,会ったこともブログ上ですら交流したこともないのに,とても不思議な感覚だ。

    こうして1年5か月もいろんな人のブログを読んでいると,お別れもある。
    そんなときは,悲しいけど,かっこいい生き方を教えてくれてありがとう,と思う。
    ご冥福をお祈りします、っていう感じとはちょっと違うかも。

    その人が更新しなくなっても,インターネットの宇宙のなかでブログは星のように漂う。
    なにかの拍子に誰かがその小さな星を見つける。
    何年もたったあとに,わたしのように,がんだと言われた直後の不安でいっぱいの人が見つけて,勇気をもらうこともあるだろう。
    病気とは関係ない人が見つけて,その人のユーモアに笑ったり,がんでもこんなに明るいんだってびっくりしたりして。
    ずっとずっと漂い続けて,誰かの勇気になってくれればいいなあと思う。

    天国ってあるんだろうか。
    この世界からいなくなったら,わたしたちはどこにいくのかなんて誰にもわからない。
    もしかしたら,世界というのは,わたしが見ているものだけでしかなく,わたしが終わるとき電気を消すように消えてしまうのかもしれない。
    脳科学者がいうように,意識は脳が考えているものだけで,脳の機能が停止したら意識も消滅しちゃうのかもしれない。
    でも,そんなのつまらないから,やっぱり天国はあるって考えた方が楽しい。
    この世界からは「さよなら」だけど,もうひとつの世界とは「こんにちは」だ。
    そしたら,またいろんな人と会える。

    あ,その前に,わたしが天国に行ける生き方をしてるかどうかが問題だ…。


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  • 西方面、小さな旅を少しずつ。
  • ゴールデンウィーク前半、無理矢理有給を入れて4連休にして、実家に法事で帰ったついでにあちらこちらへ。

    1日めは奈良県にある曽爾村(今は村じゃないんだっけ?)にある屏風岩へ。
    散りかけた桜と切り立った岩肌、青い空がきれい。
    屏風岩までの遊歩道を整備中のためか、木の株だらけの荒涼とした風景が西部劇みたいでミスマッチでおもしろい。



    2日めは法事が終わったあとに午後から滋賀県の長浜へ。
    彦根城で会いたかったけど(とくにゆるキャラ好きではないんだけど、ひこにゃんはかわいい)、寄っていると長浜までたどり着けないのでスルー。

    はじめて見た(と思う)琵琶湖は海かと思うくらい広かった。
    長浜城をちらっと見て、黒壁の町並みを見て、琵琶湖の夕日を見て帰途へ。



    3日めはぎりぎりお天気はもちそうな雰囲気だったので、ひとりで奈良方面へ。
    わりと近場で行ったことがないところと思って、観光マップを検索して、畝傍駅から香具山、藤原宮跡、今井町を通って大和八木駅まで歩くというコースに決定。

    畝傍駅を降りたら、コースの反対側になんだか気になるこんもりした森のようなものがあって、近くの看板地図を見たら畝傍御陵だったので、いきなりマップのコースをはずれてまずは畝傍御陵へ。
    普段生活しているところの近くに、こんなに大きなお墓があるってどんな感じなんだろう。
    わたしは決して信心深いほうじゃないけど、神社や古墳って清められてる感じがする。
    聖域のあの雰囲気って、人が長いあいだ清めているからああいう空気感が出るんだろうなあ。

    雨がぽつぽつ降り出したけど、ルートに戻って民家のあいだに建つお寺や神社に参拝しつつ、天香具山(あまのかぐやま)に。
    畝傍山、耳成山とあわせて大和三山。
    低い山なので、山頂まで登ろうかと思ったけど、ブーツを履いてきてしまったので本日は断念。
    これまでだったら、ちょっと無茶して登ってたかもしれないけど、最近はいろいろ慎重になることも覚えた。

    お天気はよくないけど、
    「道には蓮花、蒲公英の花盛り
    空には雲雀がぴーちくぱーちく
    やかましゅうゆうてやってきました
    その道中の陽気なことー」
    と、落語•愛宕山のような雰囲気で気持ちいいことこのうえない。
    お天気悪いし、平日だし、ひとっこひとりいないので、本日の道行きはひとりですけどねー。

    山を降りて、藤原宮跡資料室から藤原宮あとへ。
    藤原宮跡はとても広い広場みたいなところで、何があるというわけじゃないけど、ちょっと不思議な空間だった。
    だれもいない緑の広場を、雲雀の声を聴きながら大和三山を歩いてると古代にタイムスリップできそうで、ずっとそこにいたいような感じ。
    気持ちのいい場所だったので、また行きたい。




    そのあとは、にぎやかな住宅街を通りぬけ(住宅街に入ると雲雀も鶯の声も聴こえなくなるね)、花のお寺、おふさ観音に寄り道。
    5月終わりころならお寺がバラで埋め尽くされていてきれいらしい。

    そのあとは昔の町並みが残されている今井町に。
    月曜日だったので、こちらも静かだったけど思ったより広範囲に町並みが保存されていてちょっと驚いた。
    個人の家なので保存するのもいろいろ大変らしい。

    短めのコースを選んだつもりが、いろいろ寄り道してたので結局3万歩近く歩いてたー。
    知らないところだと、どれだけでも歩けるんだよね。
    さすがに疲れたけど。

    しかし、住んでたころは興味のなかった場所も、こうして行って歩いてみると楽しい。
    まだまだ行くところ、たくさんあるなあ。


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  • 5年前の清志郎さんに今のわたしが会ったら、どんな話をしただろう。
  • 15歳のころ。
    ローカルテレビで変な声で、変な姿で歌ってる人を観た。
    最初はたぶんキライだった。
    いつから好きになったんだろう。
    はじめてパクチーを食べたとき、驚いて吐き出して、そのあと大好きになったのとおんなじ感じ。

    ♫Woo 授業をさぼって 陽の当たる場所にいたんだよ
    寝転んでたのさ 屋上で タバコの煙 とても青くて
    内ポケットにいつも トランジスタラジオ
    彼女教科書ひろげてるとき ホットなメッセージ 空にとけてた

    そのとき知った名前はRCサクセション。
    それから夢中になって聴いた。
    ライブにもたくさん行った。
    ロックもソウルもブルースも、全部RCに教えてもらった。

    清志郎はわたしのアイドルだった。

    おとなになって東京に出てきて、好きだったミュージシャンと会ったり、お酒を飲んだりすることができるようになった。
    もしかしたら、清志郎もなんとかルートをたどれば、何らかのかたちで会えたかもしれない。
    でも、清志郎はわたしにとって本物のアイドルだったので、会わなくてもいいと思ってた。

    今日は清志郎の命日だった。
    あっちに行ってもう5年もたっていたんだね。
    なんだかそれを認めたくなくて、清志郎の番組や映画とか、これまで観ないでいた。
     
    今日、NHKの「ラストデイズ」という番組を観た。
    (昨日の勝新もおもしろかった。勝新の座頭市、好き)
    RCの昔の映像はぞくぞくするくらいかっこよかった。
    5年もたって、こっちに清志郎がいないことを実感して、ちょっと涙が出そうになった。
    番組で富士夫さんといっしょに写った写真が出てきた。
    富士夫さんも、あっちに行っちゃったんだなあ。

    もし、5年前の清志郎さんと今の私が会って話すことがあったとしたら、どんな話をしただろう。
    今のわたしにとって、サバイバーとしても、もっとほんとのアイドルになったよ。
    ずっとかっこよかったし、わたしのなかでは、ずっとかっこいい。
    なんだか、しんみりするような、いろんな想像をして少し楽しいような、へんな気分になった。





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