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  • ハートネットTV 「シリーズ がんサバイバーの時代」2月にアンコール放送。
  • 昨年、9月に放送されたハートネットTV 「シリーズ がんサバイバーの時代」のアンコール放送が2月3日(月)からはじまる。

    以下はハートネットTVサイト、シリーズ第2回の説明より。

    「がんになった後、治療だけでなく、どう自分らしく生きるかを考える「がんサバイバー」の時代。シリーズ第2回は、「就労」の問題を考えます。
 医療の進歩と共に、がんを治療しながらも普通に社会生活を送り、働く意欲も能力もある人が増えています。しかし、社会の「がんになったら働けない」という根強いイメージの中で、職を失うなど就労の問題にぶつかるがんサバイバーが後を絶ちません。民間団体の調査では、働いていた人の4人に1人が解雇や依願退職で仕事を失っています。
 医療の枠をこえ、がんサバイバーの就労支援のためのワークショップを始めた病院など、最前線の現場を通して、がんになっても安心して働ける社会には何が必要なのか考えていきます。

    実は、わたし、この第2回に入院中に取材を受けた。
    入院していた病院で行っている就労支援のセミナーを取材のため、第1回にセミナーを受けた人に前取材をしたいということだったので、入院中で暇だったし、わたしが話すことでなにかお役にたてるなら…と受けることにした。
    最初は前取材だけのはずだったんだけど、1時間ほど話をしたら、あらためてカメラを回して取材をさせてほしいとのこと。
    最初は、名前も顔も出そうと思った。これを期にNHKを使ってカミングアウトしてもいいかなーと思った。

    でも、実際、職場でも3人にしか言ってないし、めんどうなので親戚とか実家方面の友だちにも言っていない。
    サバイバーの友人たちも職場で話していない、という人がほとんどだった。
    やっぱり、まだまだ普通に「わたし、がんなんですよー」と言える環境ではないんだよね。
    だって、半年前までは自分が偏見を持ってたんだもん。
    なので、まだまだ職場ですべてのことをオープンに話せるような環境じゃないんですーということも伝えたくて、仮名(わたしが考えた仮名じゃないよ)で、顔もわからないようにしてもらった。
    でも、やっぱり半分以上の気持ちは顔を出す勇気がなかったんだと思う。
    今、思えばちゃんと名前も顔も出してもらえばよかったな。
    まあ、未だに特定の人にしか言ってないんだけど。

    わたしが、この番組の取材を受けてよかったと思ったのは、自分の経験を話したことで、自分がこれからサバイバーとしてどう生きていくかが少しわかったような気がしたこと(このことはまたいずれ)。
    あと、サバイバーではない友人たちがこの番組を見てくれて、それまでのがんに対するイメージが変わったって言ってくれたこと。
    これはちょっとうれしかった。
    がんになっても、元気に自分らしく過ごしている人はたくさんいるんだよ、っていうことがわかってもらえてよかった。


    シリーズをとおしてとてもいい番組だったので、見逃した方はぜひ。
    ぜひ、シリーズとおして見てください。
    わたしももう一度、全回観ることにします。


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  • 「がんになっても仕事を続ける」ことに対するわたしのスタンス。
  • 100人いれば100とおりのがんがあるように、がんに対する考え方は人それぞれだと思います。
    化学療法の副作用のあらわれ方も、人によって全然違うから、向き合い方もおのずとかわってきます。
    今、自分の化学療法に副作用のついて振り返って(自分のためにも)記録をしているけれど、もちろんこれはわたしの副作用であって、誰かにあてはまるものではありません。
    なので、こんな例もあるよ、という程度で読んでほしいのです。
    でも、準備するものや、心構えとかは少しはお役にたてるかなあと思って書いています。

    これまでも、そういう意図で書いてますよ、ということは本文に織り交ぜながら書いていたつもりだったけど、先日、「化学療法をこれから受ける人があなたの言うことを真に受けて、無理をしたり、無理をさせられたりするのが心配」というご指摘を受けました。
    仕事を続けたのは、わたしがそうしたかったからそうしただけなので、人にそうした方がいいよ、と言っているわけではないのです。
    きちんと本文を読んでいただければ、わかっていただけるかと思ったのですが、文章というのは、人に「こういうふうに読んでください」と強要するものではないし、さらっと読んでもうまく伝わらないかもしれないというのは、わたしの文章力がないわけで、確かにそういう心配はありますよね。

    なので、自戒をこめる意味でも、わたしが副作用のことや仕事のことをどういうスタンスで書くかというのを、今一度記しておきます。

    確定診断を受けた日のことを書いたエントリーにもありますが、わたしは、がんになったら絶対仕事なんて続けられないと思っていました。
    主治医に「仕事を辞めないでがんばって続けてみて。化学療法中はつらいこともあるけど、半年たったら今と変わらない自分に戻ってるから」って言われたときも、(またまた先生、そんなこと言っちゃって無理にきまってるよー、そんなの)ってこころのなかで思ってたんですね。
    主治医はわたしのこころを見透かしたのか、「僕が言ってることは、今、信じられないかもしれないけど、半年後に、あのとき言ってたのはこういうことか、って絶対思うから」って言ってくれました。
    それでも半信半疑だったけど、ちょっとがんばってみようって思えたんですよ。
    たぶん、そのことばがなかったら、仕事を続ける努力をしてなかったかもしれない。


    たしかにつらかったけど、ちょっとがんばったけど、それでもわたしはよかったなって思います。
    これは性格にもよると思いますが、ちょっとつらいことがあるときの方が、がんばれるんですよ、わたし。
    仕事をすることがはげみになったっていうのは間違いなかった。
    あ、これもわたしには、ってことですよ。

    仕事を続けたのが偉いとも、治療に専念するために仕事を辞めた人がダメだ、とか全然思ってません。
    自分で考えて、判断して、その道を選んだのならどんなこともわたしは尊重されるべきことだと思っています。

    辞めたくないのに辞めざるを得なかった方もいると思います。
    わたしの友人にもいます。
    それでも彼女は化学療法中に仕事をみつけ、自分のできるペースで仕事を続けてきて、今は放射線治療も終えてフルで働くためにがんばっています。
    このように、わたしとは違う方法だってあります。
    一連の治療を終えるまで休職をしている友人もいます。
    それでも全然いいと思います。
    そのとき最善の方法をそれぞれがとればいいんじゃないかなあ。

    なのでもし、化学療法をこれから行う方が、不安を感じてたまたまわたしのブログにたどり着いたとしても、たくさんある方法のなかのひとつの例だと思ってください(たぶん、そう思って読んでいらっしゃるとは思いますが)。
    「放置療法」のエントリーでも書きましたが、なにかひとつのことを妄信しちゃうのはよくないですもんね。


    抗がん剤をしながら仕事を続けたことを誇りに思ってるわけでも自慢してるわけでもないのです(自慢してるみたいに感じたらごめんなさい)。
    もし、誇りに思うことがあるとしたら、治療に前向きになれるよう導いてくれた主治医や、点滴中にさりげなく寄り添ってくれた看護師さんや医療スタッフ、家族や友人、いつもはげましてくれたサバイバー仲間のことかもしれません。
    そうだね、これは自慢しちゃう。
    この人たちがいたからわたしはがんばれたんだと思います、まじで。


    今日はまじめなことを書きましたが、また明日からはいつものふざけたトーンに戻ります。
    ではでは。


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  • がんになっても仕事を続ける(その2)。
  • がんになって仕事を続けるかどうか。
    それは、その人のライフスタイルや考え方にもよるだろう。

    正社員であれば、療養給付を受けて休職するのもありだと思うし、蓄えがふんだんにあったり、働かなくてもいい状況であれば、無理に仕事をしなくてもいいのかもしれない。
    職場の状況が許すならば、これまでがんばってきたんだから、こんなときこそ休んでゆっくりしようって考える人もいると思う。

    わたしは派遣社員なので、休職というのはあり得ない。
    いったん契約を終了したら、治療が一段落したところで、その職場に復帰できることはたぶんめったにない。
    働かなければ治療も受けられないので、なんとか仕事を続けたかった。
    でも、それだけではなかった。
    なんとか仕事にしがみつく、っていう悲壮な感じはなかったんだよね。

    もし、仕事を辞められる状況だったとしても、仕事は続けたんじゃないかと思う。
    そんなに仕事好きじゃないんだけどね。基本的になまけものだもん。
    主治医に「今の生活をなるべく維持するようにね」って言われたのもひとつの理由。
    もうひとつは、仕事を休んで家にいたら、ほんとに病人になっちゃう気がした。
    きっとよくないことばかり考えて、くよくよしてたんじゃないだろうか。


    ちょっと話が違うけど、「3億円当たったらどうする?」みたいな話をするときに、「3億円あっても仕事は続けるよねえ」みたいな話になる。
    仕事をしなくなったら、ただの怠け者になっちゃう。

    仕事してるときは気がまぎれたから不安な気持ちも忘れることができたし、そんなに仕事好きでもないのに不思議と仕事に行くのが楽しかった。
    変人の上司と変人の同僚のことも、あんまり気にならず自分の仕事に丁寧に取り組むようになった。

    副作用もそれなりにあったし、からだがつらくなかったと言ったらうそになるけど、それでも仕事を続けることが、わたしにとっては副作用を軽減するひとつのツールだったように思う。

    でも、これって人それぞれだから、みんながそうしなくてもいいことであって、自分がいちばんいい状況をつくればいいんじゃないかな。
    でももし、これから化学療法を控えていて、仕事をどうしようか悩んでる人がいたら、一度、仕事を続けることをチャレンジしてみることをおすすめしたい。
    もし、強い副作用が出たらそのときは休めばいい、副作用が軽かったらラッキー、くらいに柔軟に考えて。
    職場の協力も必要だけど、そこはなんとか上司や同僚をまきこんで。

    自分がこの病気になるまでは、がんになっちゃったら仕事なんてできないと思ってた。
    去年まで、わたしが偏見を持ってる人だった。
    でも、自分がなってみてわかった。
    がんになっても仕事はできる。
    このことを理解してくれる職場が増えることをこころから願うし、サバイバーである自分が、よい状況に導けるよう行動したい、と思う。



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  • がんになっても仕事を続ける(その1)。
  • おととしの10月、新しい派遣先で働きだした。
    わたしの仕事は編集やデザイン、企画など。
    いろんな意味で不況やツールの変化で打撃を受けた業種だ。
    正社員になっても、会社が倒産したり(!)、プロジェクトが中止になったりして、このところなかなかうまくいかない。
    ベンチャー企業にも何社か正社員として採用されたけど、ベンチャーってほんとなんていうか、ダメなとこはとことんダメで、倒産までいかなくても危機感を感じてこちらから撤退していた。

    ここ数年は、人からの紹介でフリーで勤務したり、短期派遣でつないでいたりした。
    もうこの業界ダメかなーと思って、夏にヘルパー2級の資格をとったので、もうそっちの業界に転職しようかと思っていた。
    そんなとき、以前登録していた派遣会社から、ものすごくひさしぶりに仕事の紹介があった。
    ちょっと悩んだけど、やっぱり編集の仕事が好きだし、その派遣会社の仕事を受けることにした。

    まったく今まで接点のない専門技術誌の編集だったけど、まあ知識がなくても編集はできる。
    問題は上司がとてつもなく変人だったということ。
    変人なだけならいいけど、仕事もできなくて、どうやら職場ではお荷物らしい。
    そして、もうひとり長くいるかなり年上の派遣社員がいるんだけど、この人もかなり変人…。
    なので、みんな続かないらしく、前任者は3か月で辞めちゃったので引き継ぎもなし。

    誰も仕事を教えてくれないので、超能力をつかって(ウソです。超能力っていうか想像力で仕事したかも)なんとか仕事をこなし、仕事の流れを覚えたところで12月の確定診断。
    ちょうど3か月更新なので、病気のことを言ったらこれで契約打ち切られちゃうと思った。
    仕事なくなったら、路頭に迷う。
    こんなとき派遣社員って、全然ダメだ。契約切られたらそれでもうおしまい。
    がんって言われてショックだったけど、それと同じくらい、仕事がなくなったらこれからどうやって治療していけばいいのかっていう不安があった。


    とはいえ、これから検査で仕事も休まなくてはいけなくなるし、黙っておくわけにはいかない。
    覚悟して派遣会社の担当者に電話して、病気のことと医師からは治療をしながら仕事を続けられると言われたことを話した。
    派遣会社の担当者も親身になってくれて、なんとかしましょう、と言ってくれた。
    派遣会社の担当者が職場の役員に話してくれたところ、「変人の上司ともうまくやっているし、仕事もよくやってくれているので、続けられるなら続けて欲しい」と言ってくれたとのこと。

    あー、ちゃんと仕事しててよかった。
    変人の上司や変人の同僚に切れそうになったことが何度もあったけど、しばらくは我慢して続けてみようと思った甲斐があったと思った。
    しかも、変人の上司ですら、病院に行くのに協力してくれる体勢をとってくれると言う。
    なんとラッキーな。

    そんなこともあって、化学療法中、通院する以外はなるべく仕事を休まないでがんばろうと思った。
    派遣社員なんて契約期間が終わればいつでも切れるのに、続けさせてくれた職場に感謝。

    もし、この仕事を断って介護の仕事をしてたら仕事を続けられなかったと思う。
    ここでもわたしはラッキーをもらった。

    実は職場では今でも病気の詳細は、ふたりの役員と、わたしが信用しているふたりの女性しか知らない。
    去年わたしが、仕事しながら抗がん剤をしていたとか、手術をしたとか、ヅラだとか、誰も気づいていまい。
    ふふふ。


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  • がん保険と治療費。
  • みなさん、生命保険や医療保険って入ってますか?
    わたしは若いころから生命保険嫌いで、昔、義理で入った30年掛けの養老保険に入っているだけで、長年、保険の営業をぶっちぎってきた。
    でも、ふと5年くらい前に、もし病気になったら自分でなんとかしなきゃいけなくなるので、入院保障などが手厚い保険に入り直さないといけないって思ってた。

    今の保険が満期なったらちゃんと入り直さなきゃ、とは思ったものの、まだもうちょっと先。
    そんなとき、加入していた生協のがん保険のお知らせが目に入った。
    団体扱いになるから保険料は40%くらい安くなって1,000円未満になるので、とりあえず契約しちゃえ、と思ってインターネット契約。

    これも虫の知らせというのか、あまり考えもせず、とりあえず、がん保険に入ったんだよね。
    その頃は、がんになったらやだなー、とは思ってたけど、まさか数年後にがんになるとは思ってなかった。
    でも、5年前なら微小ながん細胞が生まれてたころかもしれないよね。
    からだからサインが出ていて無意識のうちの行動だったりして。

    結果的に、この保険に入っていて大正解だった。
    診断金、手術、入院、女性特有手術保険金がおりた。
    もし、保険に入っていなかったら、えらいことになってたよ。
    治療費はもちろん、仕事を休んだら給料も減るし、生活費にだって困ることになる。
    一人暮らしの身なので、誰も助けてくれない。

    これを読んでる人はサバイバーの人がほとんどだと思うけど、もし、今健康で保険をどうしようか迷っている人がいたら、高い掛け金でなくてもいいので、がん保険に入るのをおすすめしたい。
    とはいえ、がんになるかどうかなんて、わからないけどね。
    もしかしたら一生ならないかもしれないし、明日診断されるかもしれない。
    結果的に、わたしは入っていてラッキーだったというだけで。


    何年かたたないと保険には入れないからだになってしまったので、もうひとつ、三大疾病とかの医療保険に入っておけばよかったなーと思うけど、まあしょうがないね。


    そして、医療費に関してもうひとつラッキーだったこと。
    私は、今、派遣社員として働いているんだけど、派遣会社の健康保険組合から高額医療費以外に還付金があること。
    医療費が21,000円を超えた場合、あとでその分が還付されるというもの。
    レセプト1枚につき、なので複数の病院にかかっていると、それぞれの病院ごとに、ということになるけど、抗がん剤の治療費はびっくりするほど高いので、ものすごく助かった。
    政府管掌の保険や国民保険だったら高額医療費の還付だけだったから、これもほんとラッキーだった。

    医療費に関しては、もうひとつとてもラッキーなことがあったんだけど、それはまたいずれ。

    一生健康ならいいけど、やっぱり保険は入っておいた方がいいな、と身にしみた。
    入るなら治療に関して手厚いのがいいと思うよ。

    明日は「化学療法をしながら働く」みたいなテーマで新聞社の取材を受けます。
    わたしの経験がどなたかのお役に立てばいいなと思って引き受けました。
    掲載日時がわかったらお知らせしますね。


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  • 2013/2/13 タキソテール、2クールめ(やる気出てきた!)。
  • タキソテール2クールめ。

    今回から投与を水曜日にしてもらった。
    木•金と仕事に行ってへろへろになっても土日に2日間休める。
    火曜日投与よりこっちの方が気楽。

    この日も朝から仕事に行って、いったん帰宅してご飯を食べ、RPGのごとくいろいろ装備。
    1クールめをとおして吐き気をもよおすことはなかったけど、投与日のお昼ご飯は控えめにしてた。
    あと、気持ち悪くて食べられないときのため、パウチに入ったベビーフードを用意してた。
    ちょっと違うけど、こんな感じのやつ
    果物がメインで野菜がブレンドしてあったりして、オーガニックだし、すごくおいしい。
    気持ち悪くて何も食べられない、ってことはなかったけど、食欲がないときや、ご飯をつくるのがめんどうなときに重宝した。

    2クールめなので、エコーで経過を見てもらう。
    トイレに行ったときとか、お風呂のなかとか、しょっちゅう触って確かめてたけど、自分では小さくなってるような感触はなかった。
    エコーの結果、明らかにエコーで変化が見られて「まばらになってる」とのこと!
    それを聞いた瞬間、なんか俄然やる気になってきた。
    リンパにひとつあるしこりも2センチが1センチと小さくなってるらしい。
    もちろん、効いてほしいと思って化学療法に望んでるわけだけど、やってみないと効果はわからないってところもあるから、やっぱり不安。
    最悪、効かないことだってあるんでしょー、ってやさぐれた気持ちもちょっとだけあったし。
    でも、確実に効いてるとわかったら、やる気でるよねー!
    術前化学療法のメリットのひとつが実感できた。


    さて、ルートをとって血液検査の結果、白血球も8100/μlあったので、投与開始。
    アイスノンや保冷剤で手足を冷やして末梢神経障害の予防、氷を舐めて口内炎予防。
    確実に副作用が抑えられるとは限らないけど、やれることはやっておく。
    前回、アレルギーを起こしたので、通常よりゆっくりはじめたけど、今回はアレルギーも出ず、通常のスピードで投与終了。
    この日は問題なく終わり、乗り換え駅まで電車に乗って、その後は50分ほどかけて徒歩で帰る(乗り換えるとめんどうだし、遠回りなので)。

    今思えばメモには何を食べたか何も書いてないけど、書いておけばよかったな。
    でも、だいたい毎日お弁当つくって、朝も夜もつくってちゃんと食べてたと思う。
    腹七分目くらいだったと思うけど。

    夜、鼻水が止まらなくてエピナジオンを1錠飲む。
    もともとのアレルギー(急に寒くなったり、冷たい風にあたるとくしゃみと鼻水が止まらなくなる)なのか、薬剤アレルギーがわからないので注意しなくちゃ。
    この日は、口の乾きが気になった。

    さて、2クールめは無事に乗り切れるのかっ!

    仕事のことや保険のこと、近いうちに書きます。

    <本日の治療費>

    再診料 124点、医学管理料 625点、検査料 436点、投薬料 86点、注射料 10,842点 計36,340円
    文書量(保険会社提出用) 6,000円
    薬剤薬 435点 1,310円


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  • 2013/2/2−12 タキソテール、1クールめ/その3(かなり元気)。
  • タキソテール1クール、2週めの記録。


    ●2/2(土)11日目
    仕事は休み。ほぼOK、と書いてあるので調子がよかったようす。
    この日は朝からがん患者サービスステーションTODAY!へ。

    TODAY!の以前のエントリーはこちら。

    かぶり慣れないウィッグで頭痛がしたのでスキンヘッドに帽子をかぶって出かけた。
    いろんなタイプのウィッグをかぶらせてもらったり、副作用の相談に乗ってもらったり、1時間ほど。
    対応してくれたのはサバイバーの大先輩で、今の状況も勉強していらっしゃるので、話をしていても心強かった。

    家でかぶるためのニット帽と爪を守るためにマニュキアを塗っていたので、刺激の少ない除光液、マスク用のアロマスプレー、気持ち悪くなったときに使うかもしれないゲロ袋、ウィッグのシリコンスプレーを購入。
    術後の下着は手術前にまた買いにくることにした。
    ウィッグ関連、副作用対策用品、下着など、たいていのものは揃うので、おすすめのショップ。
    ほかの人と会わないように考慮してくれるところも落ち着いて話を聞いてもらえてよい。

    なぜかトンカツが食べたくなって青山のツインビルの地下でトンカツを食べた。
    普通においしく食べたと思う。

    午後はウイッグショップに行って、金髪ボブのウィッグを購入。
    かなり明るめの茶色に染めたことはあったけど、金髪は初めて。
    ここのショップは東京店が去年閉店してしまってとても残念。
    ウィッグショップ「シペラス」の前回のエントリーはこちら。
    通販の購入はOK。
    いろいろ髪型や色を楽しみたい人にはおすすめです。

    ●2/3(日)12日目
    早稲田に穴八幡の「一陽来復」のお札をもらいに行って、大阪出身の友人の家の節分の飲み会に出席。
    恵方巻をつくって、みんなで恵方を向いて無言でお寿司を食べる会。
    全員が無言で恵方巻を食べる姿は、にらめっこみたいで笑いをこらえるのに大変。
    お酒はスパークリングワイン1杯飲んだあとは、ノンアルコールビールで我慢。
    さすがに金髪ヅラはばれたので(舞台関係の人が多かったので)、その場でカミングアウトしてヅラを脱いだ。
    舞台に立つ人は自分でもかぶるからヅラかどうかはわかるよね、しかも頭のてっぺんも黒いところがない金髪だし。

    写真


    自分でも頭のかたちはなかなか悪くないと思う。
    左は飲み会に来てた舞踏家のTさん。坊主頭は職業柄です
    このままなんかの広告になりそうなすてきな坊主頭ふたり組だと思うんだけど。

    「がんになっちゃってさー」ってカミングアウトしても暗く受け止められないのっていいな。

    ●2/4(月)13日目
    仕事を午後半休にしてグループ療法に行き、終了後、みんなでお茶を飲みに行く。
    サバイバーが6人集まると話が盛り上がる。たぶん、グループ療法よりこっちの方が大切。
    お互いの治療のことや、主治医のこと、しょうもないことも含め、泣いたり笑ったり。
    わたし、がん治療まっただなかなのに、こんなに笑ってる! って思えてうれしかった。

    そういえば、病院のグループ療法の部屋であまりにも盛り上がって大笑いして、隣の部屋の人から注意されたっけ。

    その後、当時、お手伝いというか、アルバイトしていた友だちのイタリアンレストランのメンバーと新年会で少し飲酒。
    そこそこ飲めそうだったけど、自粛。
    ここでも、病気のことは伝えてあったけど、なんだか暗くならず楽しかった。

    ほぼOK。膝、腰、肩こり少しあり。鼻の痛みと鼻をかむと少し出血。
    朝30分歩く。

    ●2/5(火)14日目
    特になし。
    朝、夜30分歩く。

    ●2/6(水)15日目
    夜、鼻水。アレジオン1T服用。
    朝、夜30分歩く。

    ●2/7(木)16日目
    夜、鼻水。アレジオン1T服用。
    朝、30分歩く。

    ●2/8(金)17日目
    仕事後、レストランのお手伝いに(行ってたんだ!)。
    脱毛はじまる。
    トイレに行ってアンダーの毛が脱毛するのを確認。
    髪の毛、睫毛、眉毛もひっぱってみたら抜けた。
    わかってたけど、抜けるとやっぱり憂鬱な気分にはなる。

    ●2/9(土)18日目
    1月は生理が止まってたけど、少ない出血あり(1週間ほど続く)。

    ●2/10(日)19日目
    朝、1時間半散歩。

    ●2/11(月)祝日 20日目
    朝、1時間、散歩。

    ●2/12(火)21日目
    抜けた短い髪の毛が帽子につくようになってきた。
    洗髪したときも抜けるし、頭を拭いたタオルに短い髪の毛がついて洗ってもとれない。
    スキンヘッドは楽でいいけど、抜けた短い髪の毛が洋服についてチクチクしたのには困った。
    やっぱり、抜けると凹むー。けど慣れた。まあ、慣れるもんだね。
    でも、この日はワイパックスを飲んでるので、凹んで眠れなかったか…のかも。
    朝、30分歩く。

    脱毛はしたけど、3週間めはかなり元気。早寝早起きしてたと思うけど、普通の生活に近かったと思う。
    しかし、よく歩いている。
    足の裏はしびれてたけど、散歩は気分転換になったし、副作用を軽減したんじゃないかなーと思う。



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  • 2013/1/28−31 タキソテール、1クールめ/その2(坊主がばれた?)。
  • タキソテール1クール、2週めからの記録。

    ●1/28(月)7日目
    グループ療法2回め。仕事を午後から抜けて、15時にグループ療法を終えてから仕事に戻る。
    平日日中に5週続けて仕事を抜けるのは結構きつい。
    平日昼間の時間帯だと受けたくても受けられない人は多いよね。
    療法というからには診療なんだけど、どちらかというとサバイバーの仲間ができて、その人たちに会いに行くのが楽しみという感じ(あまり療法って感じでもなかったし)。
    ほかの人たちは終了後、お茶を飲みに行ったけど、わたしは仕事がいちばん忙しい時期なので、急いで戻る。
    昼前、下肢•足裏の痛み(ロキソニンで対処)。朝、口の中が腫れている感じ。
    爪が少し紫色がかってきた。頭皮がピリピリ痛い。食欲あり。

    <本日の治療費>

    再診料 点、    点 計   円

    ●1/29(火)8日目
    調子よい。
    爪→下の方から色が変わる。親指が痛い。足の裏→皮が痛い感じ。頭皮→かゆい。
    足が浮腫んだ感じ(圧迫するソックスで対処)。鼻が痛い。ロキソニン。
    朝35分歩く。

    ●1/30(水)9日目
    朝、便秘解消(便秘になっていたとき飲んでいたサンファイバーというサプリメントを数日飲んでいた。これ、よく効きます)。
    軽いだるさ。足の裏の皮、爪が痛い。膝、鼻が痛い。
    朝35分歩く。

    ●1/31(木)10日目
    倦怠感。仕事を終えてスキンヘッドにするのとウィッグの調整のため美容院に。
    ここは化学療法で脱毛した人を積極的に受け入れているので、おすすめの美容院。
    ウィッグカテゴリーで書いたこちらの美容院

    当時、わたしはロングヘアで背中まであった。
    これまでも髪型は腰まであったロングをいきなりショートにしたり、ドレッド風にしてみたり、わりといろんなことをしてたので、もちろん抜けるのはすごくイヤだったけど、つらくてつらくてしょうがない、ってほどでもなかった。
    「どうする? ショートぐらいにしておく?」と言われて、「めんどうだし、ちょっとずつ抜けていくのを見る方がイヤだからスキンヘッドにしちゃう」って言ったら、バリカンでバリバリっと思い切りよく剃ってくれた。
    複雑な気持ちだったけど、頭の形を褒められたし、鏡に映るハゲ頭は意外と似合っていたので、そんなに悲しくなかった。
    このとき用意していたウィッグは肩くらいまであるロング。
    いまいち馴染んでない感じだし、不器用なのでちゃんとかぶれるか心配だけど、思ったよりヅラ感もないのでなんとかなりそう。

    帰りの電車の中でツイッターを見ていたら
    「何も坊主にすることないのに」とか「坊主なんてやりすぎ」
    とかいうツイートが並んでて、「なぜみんなわたしが坊主にしたのを知ってる??? どこで見られた? わたし、Disられてる?」と思ったら、AKBの人が坊主にして話題になってた。
    同じ日に坊主にしててわろた。っていうか、これってネタにしろってことですね、そうですね。
    わたしは、ときどき絶妙なタイミングでこういうことが起こる。
    さて、どうやってこれをネタに人を笑かすか考えたらちょっと楽しくなってきた。


    朝35分歩く。

    ●1/31(金)11日目
    特に手帳には何も書いてないし、ロキソニンも飲んでいないので、楽になってきたころか。
    ウィッグをかぶるのに、朝、四苦八苦した記憶が。
    30分くらい鏡の前でああでもないこうでもないとやってたと思う。
    インナーキャップをきつく調整しすぎて、ずっと痛かった。頭の輪っかで締め付けられる孫悟空の気分がわかった気がした。
    朝35分歩く。

    長くなりそうなので、週末のことはまた明日。

    タキソテールは蓄積していくので、後半の方がつらいと聞いていたけど、1クールめは10日くらいで抜け感があった。
    朝も、40分くらいかけてゆっくりめで歩いていたのが35分から早足で30分くらいで歩けるようになってきた。
    とりあえず10日くらいすれば、かなり回復するのがわかったので、ちょっと安心した。


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  • ボランティアについてちょっと考えた。
  • 昨年、ある乳がんのサポートプログラムに参加した。
    数人のグループに分かれて、サバイバー同士自由に話し合いをするというもの。
    わたしのグループは比較的、サバイバーになって日が浅い人が多く、これから化学療法や手術を控えている人も何人かいた。

    わたしは、がんになって同じ経験をした人と話すのは、とてもいいことだと強く思う。
    確定診断がおりて不安なとき、世間では毛嫌いされている抗がん剤を受け入れなければならないとき、胸がなくなってしまう悲しみに押しつぶされそうなとき…そんなときに、力になってくれたのは、先生や医療スタッフはもちろんだけど、心の深いところで共感してくれたのは、同じ経験をした先輩サバイバーだった。
    それはリアルで話した人であったり、ブログに書かれたことばだったりした。

    去年は、ほんとに感謝の1年だった。
    そんな時間のなかで、自分が助けてもらったことに対して何か恩返しをしたいと思うようになった。
    わたしができる恩返しは何かと考えたら、これから不安な気持ちを抱えて絶望の世界(ほんとは全然、絶望の世界じゃないんだけどね)に飛び込んできた人に、いっしょにがんばろうって手をさしのべる(そんな偉そうなことではないんだけど)ことなんじゃないかと思った。

    今はまだ具体的になにができるか模索中だけど、私が先輩サバイバーの話を聞くことで不安を解消できたように、少しでも誰かの不安を解消する助けになれるなにかをできればいいなと思ってる。

    プログラムの話し合いでファシリテーターをつとめる人はサバイバーで長く乳がん患者のためのボランティアをやっている人だった。
    こういうボランティアの方がいるおかげで、わたしたち新米サバイバーが頼る場所があるんだとありがたく思った。

    でも、「みなさんもぜひ、サポートを受けるばかりではなく、今度はボランティアに参加してください。」ということばがひっかかっちゃったのよねえ。
    確かにそうだし、わたしもそう思うというか、自分でもなにかやりたいと思ってるんだけど、それは自然に思うことであって…。

    ましてや、これからつらい治療が待ってる人には結構しんどいし、ピンとこないことばじゃないかなあ。
    わたしは1年前だったら、絶対にそんなふうに思えなかったもん。
    何年たっても、そこまで思えない人だっているわけだし。
    思えなくたって悪いことじゃないんだよ、って思う。
    サポートを受けるだけでもいいじゃん、って思う。

    がんの宣告は、それだけ衝撃的なことだったわけだし。

    自分のやり方で立ち直って、自分のやり方で、やれる方法で、やれるときに、そう思ったときに、誰かのことを考えればいいと思う。

    わたしも今のこの気持ちは忘れないでいようと思う。
    時間がたったら絶望の淵にいた(ような気がしてた)ことなんてきっと記憶が薄くなる。
    自戒を込めて。




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  • 2013/1/23−27 タキソテール、1クールめ副作用と生活。
  • タキソテール副作用などメモをもとに投与後1週間を振り返ってみる。

    ●1/23(水)2日目
    朝、軽い咳。全身の軽い痛み。顔がほてる。息苦しい。口が渇く。体が自分のものではない感じ。
    ボーッとする(まるがついてるので、かなりボーッとしたんだろう)。
    この数年、満員電車に乗るのがいやで、朝は渋谷まで40分くらいかけて歩いていた。
    化学療法中は、しんどかったら電車に乗ろうと思ってたけど、朝と夕方、自宅→渋谷、渋谷→自宅まで歩いているので、わりと元気だったと思う。
    体が自分のものじゃない感じは、ほんと気持ち悪かった。はじめての感覚。

    ●1/24(木)3日目
    昼→顔がほてる。左胸(健側)が痛い。息苦しい(呼吸しにくい)。腕が少し赤い。少しだるい。
    夜→足の指がしびれる。指に汗。あちこち痛い。歯の奥が痛い。
    歯の奥の痛みも今まで経験したことない感じの痛みで気持ち悪かった。
    朝40分渋谷まで歩くのでこの日もなんだかんだいいながら元気。

    ●1/25(金)4日目
    下肢を中心に痛み。しこりの痛み。右手に力が入らない。起床時にほてり。喉の奥が痛い。足の裏、膝の痛み。卵巣がやられてるっていう感じの痛み。
    この日、はじめてロキソニンを飲む。ロキソニン飲んだら痛みは結構おさまるのがわかったので、少し痛みがひどくなったらロキソニンを飲むことにした。
    朝40分、渋谷まで。

    ●1/26(土)5日目
    仕事はお休み。足の裏のしびれが気持ち悪いのでクリニックに電話してビタミン12(メチクール/メチコバールのジェネリック)を処方してもらう。
    クリニックまでの行き帰り、30分歩く。しかし、わりとよく歩いてるなー。
    本屋で乳がん関連の本など立ち読みしてたら貧血っぽくなったのであわてて帰る。
    足の裏が痛い。頭皮がピリピリする。そろそろ髪の毛抜けるそうな予感。そろそろスキンヘッドにしないと。

    <本日の治療費>

    再診料  点、投薬料  点、 計   円
    薬剤薬  点   円

    ●1/27(日)6日目
    仕事はお休み。調子OK(と書いてあるので、タキソテールが抜けてきたかも)。便秘。Tさん(カメラマンの友人に髪の毛があるときの写真を撮ってとお願いしていたので撮影してもらいに行った)の家に行くまでに全身痛(ロキソニン飲んだらなおった)。
    食欲あり(お昼はカレーうどんをしっかり食べた)。
    その後、いくつか先の駅でTVディレクター信友直子さんの講演に行く。
    信友さんは自身の乳がん体験をドキュメンタリーとして記録に残し、テレビ番組にもした人。
    少し遅刻して行くと、その番組が流れていた。
    FECで苦しむ姿が映っていて、戦々恐々。
    やっぱりFECって、あんなにきついんやろか…。
    とてつもない倦怠感に襲われ、途中寝てしまったけどまあ元気。


    こうやって振り返ると、いろいろ副作用はあったものの、わりと元気というか、仕事もボーッとしながらもこなしていたようだし(月末のこの時期は仕事はいちばんバタバタする)、出かけて外でご飯を食べたりしてた。

    あの体の奥からくるような経験したことのない全身の痛みはなんとも気持ち悪かった。
    でも、ロキソニンをうまく使えばなんとか乗り越えられた。
    ちょっと困ったのは夜中に覚醒すること。
    マイスリーを飲んだりしたけどやっぱりいまいち。
    ワイパックスの方がよく眠れた気がする。
    夜中に目が覚めるのに、朝はなぜか早めにすっきり目覚めるので、すっかり早起きになった。
    子どものころから宵っ張りだったので、早起きなんて一生無理と思ってたけど、早起きできるじゃん。
    その分、夜は眠くなるので、早寝早起きという健康的な生活…なんか皮肉だなあ。

    あと、毎日歩いてたのも気分転換になってよかったのかも。


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  • 2013/1/22 タキソテール、1クールめ/まさかのアレルギー反応でびびった。
  • タキソテール、1クールめ。
    朝から何食わぬ顔で出勤し、午後半休をとって家に帰って準備をしてクリニックへ向かう。
    準備したものは、末梢神経障害を予防について、足先を冷やすためのアイスノンふたつ(足先を挟んで冷やすため)、手先を冷やすための保冷剤(100円ショップで購入)をいくつか。
    暇つぶしのための本とDVD。
    途中でトイレに行きたくなったときに、片手で脱ぎ着しやすいヨガパンツ。
    口内炎予防のための氷を持ってくるのを忘れちゃったけど、まあいいか。
    「氷持ってくるの忘れちゃったー」って看護師さんに言ったら、ファストフード店で氷入りのドリンクを買ってくる方もいますよーと言ってたけど、思いつかなかった。

    緊張してる、というよりやっぱり興奮してる感じ。

    まずは点滴ルートを確保して、採血。
    点滴は肘の内側ではなく、手首付近の血管から。
    曲げ伸ばしする箇所ではやらないそうだ。
    血管には8回の点滴に耐えてもらわないといけない。
    わたしは血管が細いらしく、献血に行っても血を取り終えるまでに人より時間がかかる。
    どうか、細い血管が災いを起こしませんように。

    白血球数などの結果がわかるまで生理食塩水を流し、検査の結果がOKであればむくみと吐き気を抑えるステロイド(デカドロン)を30分かけて点滴。
    その後、いよいよタキソテールを1時間かけて点滴を行う。
    最初はアレルギーが出るかもしれないので、少しゆっくりめに流して、問題がないようなら1時間で終わる程度のスピードにする。
    まれに、アレルギーで体がかゆくなったり、息苦しくなったりの症状が出るそうだけど、いったん止めて生食を流せば大丈夫とのこと。

    クリニックは点滴ブースがふたつあるけど、パーティションでしきられているので、ひとりの空間。
    テレビとDVDが見られ、イスはリクライニングできて、ふかふかで座りやすい。
    ひとりだとさびしいかなーと思ったけど、好きなことができるので意外と快適だった。
    何かあっても、看護師さんも先生も近くにいるので安心だし。


    さて、点滴ルートも確保し、検査結果も問題なく、デカドロンも終了してタキソテールが点滴の管から流れはじめた。
    クリニックの看護師Cさんは、いつも笑顔でナチュラルな会話をしてくれる人だ。
    点滴中もなにげなく話しかけてくれるので、不安がやわらぐ。
    今思えば、わたしがクリニックで不安なく化学療法を受けられたのは、Cさんのおかげだったかもしれない。


    タキソテールが流れはじめても普通に笑いながら会話をしていて特に不安な気持ちもなかったけど、5分くらいたったところで急に胸が苦しくなって息ができなくなった!
    「苦しいです」って言おうとしたら、のどがつまって声が出ない。
    のど、というより気管支がぎゅうっと狭められる感じで、ずっと胸のあたりをさすってた。
    いったんタキソテールを止めて生食を流してしばらくしたら症状は収まったけど、しばらく息は苦しいかったし、声も出なかったし、これにはちょっとびびった。
    一瞬、死ぬときってこんな感じなのかな、って思った。

    その後、ものすごくゆっくりのスピードでタキソテールを再開し、徐々にスピードをあげて、それ以降は問題なく終了。
    アレルギーが出たら、それ以降中止になるケースもあるみたいだけど、そんなことないのね。
    せっかくやる気満々できたのに中止はいやだよー。
    ちょっとふらふらしつつも、特に問題なく、薬をもらい、途中まで電車に乗って、家まで30分くらい歩いて帰った。
    (電車に乗ると渋谷の人混みがかえって面倒なので)
    結構元気だったけど、お会計に目玉が飛び出た。
    早期発見を意味ないっていう人がいるけど、間違いなく早期発見の方が医療費もおさえられます!

    さて、翌日は仕事に行けるのかっ。

    薬月
    大量の薬袋。帰り道はこんな月が出てたかも。


    <本日の治療費>

    再診料 124点、医学管理料 775点、投薬料 86点、注射料 10,842点 計36,790円
    薬剤薬 802点 2,410円
    デカドロン0.5 mg×8 朝夕2回/アレルギーを抑える、マーズレンS 2g 朝夕2回/胃粘膜保護剤、ロキソプロフェン6.0mg(ロキソニン ジェネリック)  疼痛時、シプロキサン200mg/抗菌剤 発熱時、ウレパールクリーム10%/乾燥防止剤、アズノールうがい液4%、エピナジオン20(アレジオン ジェネリック)/抗アレルギー剤、MS温湿布


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  • 2013/1/21 タキソテール、1クールめ前夜。
  • 今日からは昨年1月22日からはじまった化学療法について書いていこうと思う。
    奏功も副作用も人それぞれなので、参考程度にしかならないと思うけど、準備するものや気持ちの持ち方は、先輩サバイバーのみなさんのブログが参考になったので、わたしも経過と副作用、そのときの精神状態などについて書き留めておこうと思う。

    【治療計画】
    ドセタキセル(タキソテール):3週間ごとに投薬、4クール
    FEC/フルオロウラシル、エピルビシン、シクロホスファミド:3週間ごとに投薬、4クール
    (そういえば、薬剤の容量とかちゃんと聞いてなかったことに今気づいた。なんたる不覚!)

    リンクは今日たまたま見つけた沢井製薬の医療関係者向けの情報サイトだけど、薬剤の情報やレジメンが見やすく書かれていて、医療関係者でなくても役立つかも!
    時間があるときゆっくり見てみよう。

    ブログを読むと、FECからの人が多いみたいだけど、わたしはタキソテールからの投与。
    おもな副作用として挙げられているのは「骨髄抑制、脱毛、浮腫、発疹、アレルギー反応」。
    あとは「筋肉痛のような痛み、末梢神経障害、口内炎」が出ることがあると聞いた。
    何が起こるか事前にわかっていれば、起きたときに慌てないし予防する努力もできる。
    知るのは怖いときもあるけど、やっぱり知ってた方が絶対有利!


    さて、投与を何曜日にするか考えた。
    仕事はできるだけ休まないようにしようと思っていたので、そこはよく考えた。
    金曜日投与して、ひどい副作用が出たとしても土日に回復させれば月曜日には仕事に行けるかも、と思った。
    でも、クリニックの看護師さんに相談したり、ブログを読んだりしたところ、投与から数日は副作用をおさえるために飲むステロイドのおかげでわりと元気に過ごせるかも、という情報が。
    じゃあ、とりあえず火曜日か水曜日にしてみてようすをみましょう、ということになり、1クールめは火曜日の14時半からとなった。

    結果的に化学療法中の半年間、1日も仕事を休むことはなかったけど、すごく無理をして体をひきずって仕事に行った、ということはなかった。
    思い返せば副作用はいろいろあったけど、起き上がれないほどつらいことはなかったかも。
    仕事を休まないようにしようと思ったのは、仕事をしなければ収入がなくなるので治療が続けられないということもあるけど、「つらいときもあるかもしれないけど、仕事を辞めたりしないで、できるだけ今と変わらない生活を続けてください。」という主治医の言葉があったからだと思う。
    もし、このひとことがなかったら、ちょっとつらいと思ったら仕事を休んで家でずっと寝てたりしたかもしれない。

    わたしにとっては、少し無理をして仕事に行っていたことは本当によかったことだと思う。
    なんか、病人っていう感覚がなかったもの。
    友だちには「脳天気だったのがよかったんだよ」っていわれたけど、一理あるかも。
    もちろん100%脳天気ではなかったけどね。


    1クールめ当日は、朝から仕事に行って、午後から半休。
    いったん家に帰って準備してクリニックへ向かった。
    そのときは、不安もあったけど、嫌だとか逃げたいという気持ちよりも、なんだか不思議と興奮していた。
    ああ、そうだ。いま気づいた。
    あの興奮した気持ちは、空手の組手試合の前の感じだったかも。
    不安とか恐怖とか、勝ちたい気持ちとか、どうしたら勝てるかみたいな気持ちを、ない交ぜにしたときの緊張感と同じだった。


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  • 文殊さまと石切さん、阿修羅さんのいるところ。
  • さて、そろそろ通常モードに戻ってきた。
    年末の忘年会や納会、新年会、お休み中はあまり動かず(寒かったので)、普段食べないものも食べ、おなかがすかなくても食べ…さすがに体重が2キロ近く増えてた。
    ちょっとまずいので、また歩いて走って、ご飯の内容も元に戻さなきゃ。
    とりあえず、3日で500グラムは落ちた。

    3日は奈良の安倍文殊院へ。
    ご本尊は獅子に乗った文殊菩薩。
    とても美しいお顔の文殊さま。
    お正月は人が多すぎて拝観はあきらめたけど、次はゆっくり実物を拝顔したい。
    陰陽師の安倍晴明が天文観測をしたといわれる丘があり、大和三山などが見える。

    4日は東大阪にある石切さんと呼ばれる石切劔箭神社へ。
    ここもがん封じで有名。
    お百度参りをする人も多いみたい。

    去年、「なで守り」をいただいてきて、化学療法が始まったとき、お札でなでて、なかに入っている米粒を一粒ずつ、1週間、毎朝飲んでた。
    こちらも初詣の参拝でびっくりするくらいの人ごみだったので、お札を納めて本堂には遠くからお礼をした。
    いつかあらためて、ちゃんと本堂にお参りしなきゃ。
    化学療法が奏功したのは、こちらの「なで守り」と猿丸神社のご神水とお守りのおかげもあったんじゃないかって、ちょっと思ってる。
    わたしは特定の宗教に心酔するタイプじゃないけど、祈る気持ち、感謝をする気持ちって、みたいなのはやっぱりあるなあと思う。

    その後、奈良の興福寺•南円堂に行って、このお休みの神社仏閣巡りは終わり。
    興福寺の阿修羅さんにも会いたかったけど、時間がなくて断念。

    鹿たちも若草の上(へ)にねむるゆゑおやすみ阿修羅おやすみ迦楼羅
(永井陽子)

    あまり短歌は詳しくないけど、この歌はなぜかものすごく好き。


    実家に住んでたころは、身近にあっても神社仏閣って行かなかったけど、この数年、実家に帰ると奈良や京都、和歌山に出かけることにしてる。
    冬は寒いので、こんどは若草の春に行きたいわー。

    さて、そろそろ治療経過を書き上げなければ。
    ちょうど化学療法の1回目から1年がたとうとしてる。







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  • がん封じの猿丸神社と宇宙があった三室戸寺。
  • 元旦から、京都の端っこの猿丸神社と西国三十三カ所の三室戸寺へ。

    猿丸神社は三十六歌仙の猿丸太夫をお祭りしている神社。
    百人一首の

    おくやまに もみぢふみわけ なくしかの こゑきくときぞ あきはかなしき

    を詠んだ人とも言われている。

    コブとりで有名で、がん封じの神社で結構不便なところだけど、元旦は賑わっていた。
    去年もお正月に行って、ご神水とお守りをいただいてきた。
    小さな神社だけど、静かで気持ちのいい場所。
    狛犬ではなく狛猿が左右に鎮座していて、なんだかかわいい。
    地域の人にとても大切にされている感じがして、ほんとにいい空気が流れている感じ。
    神社仏閣の清々しさって、人が長年清めているから出てくるものなんだと思う。

    そのあとに行った三室戸寺は春と夏には桜、紫陽花、ハスなどが咲く花のお寺。
    枯山水の庭もあって、見どころがたくさん。
    ここは花の季節に行くのがよさそう。

    枯山水はなんとなく宇宙っぽい。
    っていうか、あれは宇宙を表現したものじゃないかな。
    俄然、枯山水に興味が出てきた。






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